72°

書いたものなど

来たりなば

いつもきみのことを思ったし笑いながらもほんとうはずいぶん待った うす青に静かに灰を溶いた頃にもどるような冬は遠からじ 出藍のことだったと思われる「空より出でて空より寒き」 何千回も出会うようで一度だって知れない きみは迫るように見る つめたい香…

奈良吟/平成30年度

あれは誰かすがった痕 折れ指のささいな乱暴を覚えている ほんとうは水掻きなどない(だって人だ)(ふくよかな甲がさいごの影だ) これは祈りなどではない、だからどうか嘘をつくならもっと上手に 帳降りて目も開けられなくなってから目を合わせたらそれきりで…

四国吟/平成30年度

見えないがおそらくはそこにあるだろうと信じられる海のような夜 あの崖が最後で、その先は誰でさえわからないのだと思いたかった 逆巻くふりをしていた 手ずからのニヨドブルーにすがる夢だった きっとそうではないのだと知りながらさいはての川を追いかけ…

歌を歌うよう

いずれ遠く忘れてしまうの だから黒幕の裏側で笑うのです この真理を読み上げるためにあなたが逸らしたものを憶えています 門は閉じて 冴えざえと夢浚えば潮の満ちいる日も憶えている いつかいつか起源のこと、僕のこと、黙示録のこと教えておくれ きみに語…

旅行

巻く、巻く、ゆっくりと、うすくけぶる山並みが黙って通りすぎていく。 壁むこうに臥せる彼らが見えなくなって、隣席の友人はなにも言わないが、潔白なくらい、その人に話すこともなく。 よく冷えた瓶、朝雨、そういうものたちが、うしろに飛び去るようにし…

よるべより

飛切をむらなく蒔いて 天上がこんなに惚けた日があってもいい 車は船、夜の牽きゆくばかりさえ先を譲るが越えることはなし 果物坂眩ませるような暗がりで独りいずれかの文と転げて 天幕を幾枚剥いでの夜の果てを息づくような藍にみている 摺りたてのありあけ…

能登吟/平成30年度

空までも長閑に塗るきみのために かの手による涅槃西ならいつまでも おおでまりをついて歌ってゆくところ 大わにのしずかにて呑む春の月 春惜しの海ひるがえして昼の底 かぎろひに似ても黙まりそこにある 春闌に鳴らしましますのどの国

珂のころに

零下にも街はなりにて歩行でゆく夜をかえりみててっぺんまで冬 翌夜の大鎮守を眺めるのもさりとて惜しく故郷を思うが 陽ありて眠り雪のいるはしばしに、コンチネントのみやげを思えば いちめんの白は迷信、青を刷いて海原にもする北の作法です おぼつかなく…

信仰

みなさんの千年を引き受けましょうか、夜をまだ越えられなくても ねがわくば、そう、遠退いて パライソの如くいだいて 間違えないよう あるいは易しく信じたり ぼくらこの眠りばかりはさまさないように 在るものの欺瞞はひどくとりとめもない しかして手ばか…

東京都/2017年度

愛の街!夜をかわして下北沢、それかあるいはキャットウォーク かつては飯田橋ともいう、水底を覆う立体交差の遺跡 朝霧に煙れる都市は東京という名のしずかな王冠をいただく ここ上野、ま東をにらみ煙を吐く、統治者たちは定刻を待つ そしてまだ病んだクエ…

「海で死んだ若ものは」

おおきな日輪の奥底にやわらかに眠る水兵がいて、想像のなかで、インド洋まで航跡をつけている、そう、わたしは信じてはいないけれど、たしかに教科書にはそうある。 きっとにえらい、あの先生が言った。 本当なのだろうか、ぶ厚い空の底のあれをサルベージ…

墓守と王

墓守の王は、呼べ、いま再びと、祈るようにして傲慢をひさぐ 踏むだろう砂漠の呼び名、こたえなくとも歩けよと、砂漠でないから 都市のようないまも棲む者の音ありて、足音立てても踏みいるものかと 廃れじの風ひるがえる灯台に史実たべるものの呼ぶ声がして…

白々しいもの

かたみ目にトジて永遠の途をゆく、その許にゆるせよ記録の指を 過ぎてこそ踊りて先の名であれど望むべくもなしこの世の春は 高名のはばったくても這いながらかつての愛を抱きとめている あきれるまで新聞ざたのわれわれも背に気をつけよ、武器も無くては ぼ…

空と燐光

ふみこえた今日が夜中の延長戦ならばいまさら不夜城でもなく 朝のまるで無遠慮なところ嫌いにはならない、しかし心拍はうるさい この夜に余命を差し込めたらいいのに 青いろの夢の跡地をのぞんで そそぐように変わっていくとき、さわれたら、柔らかくも焼け…

平成29年度 初夏の申し送り

あと60回はあるなどの傲慢に呆然と来る今年の夏は この夏で戦争詠が四年目になります、どうぞ笑ってください ああ、そうだね、ぼくらが殺した時代だ、しかし永くていつかに終わる あるところのスコール降りて架線にはすがりながらも足場はなくて またぐもの…