72°

書いたものなど

「海で死んだ若ものは」

 

おおきな日輪の奥底にやわらかに眠る水兵がいて、
想像のなかで、インド洋まで航跡をつけている、
そう、わたしは信じてはいないけれど、たしかに教科書にはそうある。

 

きっとにえらい、あの先生が言った。

 

本当なのだろうか、
ぶ厚い空の底のあれをサルベージしたら、
かつての夢から生まれたさなぎが見当たるだろうか。

 

手のなかの海戦や、あるいは舵、そういったもの、
口にするのは憚られるような、おそろしかったこと、
かたちばかりに喉をならしたラジオ放送や、
素敵だった死のこと、
そんなものたちが、あの日輪にある、
それは、本当なのだろうか。

 

八月の昼や、九月に泳ぐホテルや、インクの香りが、
あるいは、姿ばかりは向日葵とみえるきらぎらしい歳月が。

 

本当なのだろうか、
本当なら、試させてもらえないだろうか、
わたしのための血潮が、もしかしたら、わたしのためではないこと、
そうでなければ、鍛えた鋼のかぐわしさにかえた麦秋のあること、
いずれにせよ、わたしの歌が、たしかに日輪に拠るものであること。

 

試させてもらえないだろうか、
あの硬く輝く日輪に、わたしの歌うものが眠っていること。