奈良吟/平成30年度
あれは誰かすがった痕 折れ指のささいな乱暴を覚えている
ほんとうは水掻きなどない(だって人だ)(ふくよかな甲がさいごの影だ)
これは祈りなどではない、だからどうか嘘をつくならもっと上手に
帳降りて目も開けられなくなってから目を合わせたらそれきりでさよなら
花を蒔き雲を散らせばきみの目に残るものかと思うむかしの
対峙のときまず明らかにきみを見た 信心とは能く言ったものであった
古めく本のこと思っていた きみの住むうすくらやみで息を吸いながら
けれどもしぐさが祈りになるならば祈ることを探しに遠くまで
四国吟/平成30年度
見えないがおそらくはそこにあるだろうと信じられる海のような夜
あの崖が最後で、その先は誰でさえわからないのだと思いたかった
逆巻くふりをしていた 手ずからのニヨドブルーにすがる夢だった
きっとそうではないのだと知りながらさいはての川を追いかけてきた
「四万十が晩夏の歌を歌いながら流れて」(わたしの輪郭も失せて)
あなたたちの目がほんとうに赤いことを知る、わたしの記憶に泳ぐ
白たえの波打ち際の内側の嵐を思えば夏ならなくに
まなうらに岬の見えるような気になる なおさらに思い出せずとも
能登吟/平成30年度
空までも長閑に塗るきみのために
かの手による涅槃西ならいつまでも
おおでまりをついて歌ってゆくところ
大わにのしずかにて呑む春の月
春惜しの海ひるがえして昼の底
かぎろひに似ても黙まりそこにある
春闌に鳴らしましますのどの国